1月4日

 ラース・フォン・トリアーの『ドッグヴィル』を見た。

 物語の終盤、ギャングが町を焼き払うシーンになってやっと、この町はソドムなのだと気づいた。そしてこの町が表象する実世界もまたそうであると。僕らは檻の中の犬であり“アンチクライスト”なのだ。

 トリアーの作品を見たあとは決まって「人間など滅びてしまえ」といったやけくそな気持ちになる。

 もし今夜、人類がいっぺんに滅ぶなら。僕のもとにだけあしたがやってくるなら。そしたら僕は、家具通りまで毛布を引っ張って行って、だだっ広い通りの真ん中に座って夕暮れが訪れるのを待つだろう。

バス停の脇のベンチでタバコを吸いながら、くだらない想像をする。通行人が僕に一瞥をくれ、煙たそうな顔をして去っていった。

 僕はどこへも行けずに一生を終える。きっとそうだ。誰もがきっとそうなのだ。

6月23日

 警察署で四時間の取調べを受けた。

 パトカーで警察署に着いた時、僕の一件を受け持つ課の調室がいっぱいだったため、三階にある生活安全課の二号調室にいれられた。手錠は一度もかけられなかったけれど、移動する時はきまって鈍臭い顔をした小太りの警官が僕の背後にピッタリとついて、僕が履いている短パンのウエスト部分をがっちりと握っていた。

取調がはじまって一時間ほど経った頃、二号調室のそばでちょっとした騒ぎがあった。生活安全課のフロアの一角に突然、蛇が現れたのだ。調室のドアは開いていたけれど、僕が座っている場所からは何も見えなかった。ただ複数の男女の悲鳴や笑い声、机や椅子を動かす音、なにか硬い物を何度も床に打ちつける音などが折り重なって響いていた。しばらくして、顔に卑猥な笑みを浮かべたひとりの男が蛇のはいったゴミ袋を掲げながら、部屋の前を横切っていった。

 僕はいま、コインランドリーのベンチに座ってこの日記を書いている。時刻は一時三十分を回ったところだ。夕方に乾燥機にかけたままでいた服やタオルはまだすこし湿っていた。乾燥機の蓋を閉めて三百円を投入し、三十分回した。それもだいぶ前に終わっている。明日は八時半から二十時までダイレクトメールの封入の仕事がある。とにかく疲れた。頭がひどく重い。

6月19日

 夕方から夜にかけて、冷凍倉庫でピッキングの仕事をした。

 倉庫はアパートから歩いて二十分ほどの場所にあった。少し早めに部屋を出たけれど、現場の近くで道に迷い、到着したのは就業開始の数分前だった。集合場所である事務所の二階には誰もいなかった。外階段を下りて一階のドアを開けた。手前にいた事務員らしき男に声をかけると、「外階段から二階に上がってください」と言われて二階に戻った。しばらくすると神経質そうな顔をした中年の女がやって来て、「メンバー表にあなたの名前が載っていないの」と言った。派遣会社に電話をしてメンバー表を再送してもらい、女の淡々とした説明を聞きながら就業手続きを済ませ、防寒具を着てヘルメットを被り倉庫に向かった。

 「マイナス二十五度」というのは想像していたほどの寒さではないようだと入ってすぐに思った。だが十分も経つとまつ毛や髪が凍った。ヘルメットの位置を直すたびに、ツバに張り付いた前髪がひっぱられて痛んだ。冷凍室では十数人の男女が働いていた。若者はおらず、大半が常勤の者らしかった。みな顔のまわりに氷柱をぶらさげて、鶏の唐揚げの袋や、アイスの紙箱などを乗せた台車を両腕で押しながら、赤や緑のランプが明滅するラックの下に置かれた箱から、箱へと、次々に商品を投げ込んでいた。手を抜いている者はいなかった。誰もがあきらめた顔をして気忙しく動いていた。そうしないと身体のあちこちが痛み出すのだ。

 休憩なしで四時間働き、日給は五千円弱。こんな馬鹿げた仕事はない。

 外に出ると暑かったが、汗は全く出なかった。

 帰り道、北八王子駅の東口の階段からプラットフォームに停車している電車を見、ふと孤独を感じた。と同時に、満ち足りた気分にもなる。改札口の前を通り過ぎて階段を下り、西口に出た。ファミリーマートでパルムを買い、公園のベンチに座って食べた。それからタバコを数本吸った。生ぬるい風が心地よく、汗は全く出ない。

 家に帰ったら、ジェラードンのコントをみて寝よう。